並列世界の方々へ


南樺太を忘れずに・・・・市長の考え方



 並列世界では、北方領土問題として取り扱われている お話について、少々。

 他の返還運動を実施されている方には、その考えと 合致しませんが、ひとつの考え方として、こういうものが あるんだと、参考程度で結構ですので、お読みいただけると 幸いです。

 領土の境界を策定するにあたって、その二国間で条約を 結び、国境とします。  日露間にあっては、はじめに千島においては 択捉島と得撫島の間に国境がひかれました。  樺太にあたってはこれまでのしきたりどおりとし、 日本人(アイヌ民族を含む)の土地は日本の管轄であると されました。  やがて樺太におけるロシアの圧力に、日本は 千島樺太の交換を余儀なくされます。

 日本共産党はこの条約をもとに全千島返還を掲げて いるようです。  その考えは、最後の戦争によらない領土確定であり、 以後の変動は戦争によるものであるので、ここに戻る べきだという考えです。  しかしその後の国際条約を無視する考え方であり その実現は困難と言えるでしょう。  

 日本固有の領土、という表現があります。 固有という考えは、一度も他国の領土とはなっていない領土の ことを指すといわれます。  そこで、国後・択捉・歯舞・色丹の地域を、固有の領土で あるとして、返還運動が行われています。  日本は島国でありますので、その領土が大きく動くということは 建国以来、ほとんどありませんでした。  しかし、大陸の国家ではその領域は次々と変遷し、固有という 考えがあまり顧みられることはないようです。  また、条約による裏づけが存在しません。

 2島返還論があります。ロシア側からも時折この話は 出るようですね。歯舞、色丹のことですが、これらの島は 放棄させられた千島にも含まれず、明らかに北海道の島で あり、ロシア側にまったく支配する理由がみられません。  これの返還をもとめるのは、十分な説得力があり、 ここで妥協すれば、早期解決がなされるのは当然と言えば 当然です。



ところで、日ロ間の最新の領土確定条約とはなんでしょうか?

それは、明治38年のポーツマス条約です。 北方境界は樺太の北緯五十度と定められました。 江戸時代から、ロシア側の武力をともなう圧力で奪われた 地域が回復し、ロシアと初めて対等に結ばれた条約です。  その後ソ連との間でも、この条約の内容が引き継がれ 日ソの国境線となります。  以後、ソ連(ロシア)との間になんら国境を決める条約が 存在しません。

 日本は昭和20年、連合国(国連)に対し降伏しました。 ソ連は日ソ中立条約を破り、降伏後にもかかわらず戦闘を つづけ、ついには全千島までをその占領地域に加えました。  そして独立となる、サンフランシスコ平和条約・・・

ソ連はヤルタ密談において、アメリカルーズベルト大統領 から千島・樺太をソ連のものにできると聞いていたので、 当然のごとくソ連領となると考えました。

 しかし連合国の決定は、この千島・樺太をソ連のものとは 認めませんでした。日本はその権利を放棄させられることに なりましたが、その地域は国連による信託地域とし、管理国 をソ連とする考えでした。  これに不服があったソ連は、このサンフランシスコ平和条約 に調印せず、そのまま不法占拠を続けています。

 この地域は、将来国連において、どの国家に属するべき 地域かを話し合われる会議が実施される予定です。  予定ですが、戦後60年以上たった現在も、開催されて いません。  日本政府は、これを日本側から開催を呼びかけることは できないというスタンスのようです。  敗戦国だからでしょうか?市長にはよくわかりません。

しかし市長はこう考えます。

いま、仮に呼びかけても、日本政府は北方4島しか主張 しないであろう。と。  国民が正しく樺太の歴史を知って、その正当性を理解 し、国民世論が盛り上がる日がくるまで呼びかけるべき ではないと考えています。

 そしていつか、返還される日が来ることを信じております。


並列世界の皆様へ
               新樺太市長代行