おおどまり
大泊市 
豊原支庁
平成17年人口171,696
平成17年露占時予測35,944
昭和16年人口26,270
昭和3年人口32,301
.
樺太の玄関、大泊。江戸時代の樺太最大の街。

大泊の街並

帝政ロシア時代の名称はコルサコフ。
稚内からの連絡船でにぎわった港湾都市。 江戸時代の日本の拠点はここ(久春古丹)にあった。

大泊の街並

大泊市街図

 ポーツマス条約により返還されて以降は、
樺太の中心都市は30Kmほど北方の
鈴谷(すずや)平野
に計画都市「豊原」として建設された。
その後も大泊は
北海道からの連絡港の町として発展し、
物資流通の拠点となっている。

大泊の海岸

港には3000トン級2隻、2000トン級2隻を
同時に着岸できる。
樺太の海岸には台丘が発達しているため、
港は河口などの谷間に存在し、大泊も例外ではない。
 そのため、間口は狭いが奥行きが長い町となっている。

大泊の埠頭

大泊港が氷結しはじめるのは、例年11月下旬。
水温の低い河口付近から凍り始める。

大泊の桟橋

氷の厚さは60cm程度となり、
海岸から約1キロは歩行が可能になる。
解氷は三月中旬。なお、大泊の海は浅い。

神楽岡

大泊の町の北部に神楽岡(標高95.2m)があり、 大泊市街から遠くは能登呂半島が一望でき、 亜庭湾一体の守護神として亜庭神社が存在する。
写真から見えているのは亜庭湾でしょうか・・・

船見町

御成坂付近

建物から、船見町の写真の左側方向と思われます。

旭町付近

旭町付近


ここは大泊の繁華街にあたる。

大泊銀座街(栄町)付近

南樺公園

大泊町役場

楠渓町駅

楠渓町は古くから知られた町で、江戸時代にはここに
陣屋・会計番所・運上屋などが設置された。
 明治初年には開拓使もおかれた。

樺太庁観測所

楠渓町(なんけいちょう)の高台37m
明治38年10月設立された、樺太最初の観測所。
5つの観測所支所をもつ、
亜寒帯の気象観測の中心的存在。

大泊支庁

昭和17年に豊原支庁に統合される。

北海道拓殖銀行(大泊)

大泊商工会議所

おそらく左手奥の建物は北海屋旅館。

王子製紙大泊工場

大正3年、大泊港から東に700mの位置に
大泊工場が操業。
樺太は飛躍的発展をとげ、
国内での紙供給はほぼ自給自足に至る。
 その後大泊付近の森林資源枯渇にともない、閉鎖。
北方に主力工場が移っていった。

王子製紙大泊工場の門

後の国鉄樺太東線となる、樺太鉄道は、
王子製紙の系列によるもの。
王子製紙の力をなくして、樺太は語れない。

養狐場(旧千歳村)

昭和2年現在、樺太の養狐場は725箇所。
その2/3はここ大泊に存在する。
場所は飼料の関係で海に近く作られ、飼育は黒狐が中心。
価格は高いものから黒狐、青狐、十字狐、赤狐。
大泊以外には真岡、豊原に養狐場が少数存在する。

亜庭神社

大泊中学校

大泊の北東のはずれに位置する。

大泊中学校校庭

楠渓小学校