南樺太返還期成同盟結成 宣言


昭和30年(1955)年4月24日

 さきに第二次世界大戦の終結に際し、日本の関知しないヤルタ協定に
よって、我等が唯一の故郷樺太をソ連に占拠されたことは、まことに遺
感に堪えない痛恨時であります。
 惟うに、我等の先人が、無人島樺太に心血を注いで探検開拓を行い、
我等亦四十年の長きに亘り、この手この足を以って粒々辛苦、厳寒を凌ぎ
不毛を拓き、道路、鉄道、港湾を築設し、森林、石炭、水産の資源を開発
し、漸くことここに墳墓を定めて子孫に伝えんとした矢先、敗戦の名の下、
一切の発言を封ぜられ、全く文字通り着の身着のままで離島を余儀なくさ
れ、中には両親の位牌、愛児の遺骨さえ残置したものも少なくなく、ため
に故郷樺太への思慕、切々尽くる所を知らないのであります。
 加うるに、現下、日本の国土頗る狭小、人口内に溢るる窮状に比して、
所領極めて広汎、人口密度著しく低率なソ連邦が、速やかに南樺太を我に
返還してこそ、平和共存の本義に叶う、戦勝大国の襟度と称しても差し支
えないと信ずるのであります。
 今や、幸に、日ソ両国政府の間に、国交正常化の機運大いに動くに際し、
我等は、ソ連邦を始め関係各国の深い同情と理解の下、速やかに両国が戦
前の友好を恢復し、先ず南樺太の返還を実現し、併せて両国間の各種懸案
を円満に解決せんことを熱望して已まぬ次第であります。
 これ我等が南樺太返還期成同盟を結成して、その哀情を披瀝し、あえて
全世界に訴えんとする所以であります。

宣言

第二次大戦の終結に際し、我らは敗戦の名の下、一切の発言権を封ぜられ、
着のみ着のまま黙々として故郷樺太から退去を余儀なくされたことは、今尚
忘れんとして忘れ得なき一大痛恨事である。
 南樺太は歴史的に、古来純然たる日本の領土であったことは歴史的にきわ
めて明らかなことである。
 我らはここに内外の情勢と世界平和、人類共存のほんぎをに鑑み、速やか
に南樺太の日本返還を期し、敢えて全世界にこれを訴え、その目的を貫徹せ
んとす。
 
      南樺太返還期成同盟