第24号  平成22年7月25日発行
市長、うねうねと山登りする!




米山駅


市政だよりは廃刊じゃないんです。
まだ発行されています。(^^;


ここは新潟県柏崎市に位置する、米山駅です。
間宮林蔵とともに樺太が島であるかの確認を行った
松田伝十郎の生誕の地です。

ここにその偉大な功績をたたえた碑が存在するはずなので
それを探そうと思ったのですが、
よくみると山の上になんかそれらしきものが見えますね。(・・)

写真左手に聖が鼻と呼ばれる岬があるのですが、そこに
あると思うので、きっと違うものでしょう。



駅待合室


待合室にすすむと、「米山地区の自然と歴史」という看板があり
ここに松田伝十郎の碑が紹介されています。
ずいぶん遠いなあ。(¨ )
やっぱりさっきのとは違うみたい。
それに岬にあるのではないみたいですね・・・・・


駅前の道


とりあえず駅前の道を北東に進むことにしました。
他には車がびゅんびゅん走ってる道が一本あるだけみたいだし。

途中で地元の人に道を尋ねると、このまままっすぐいって
うねうねとした道をうねうねと登っていくといいらしい。

うねうねね。(^^;;



たわら屋跡地


途中には松尾芭蕉が泊まったというたわら屋跡地があります。(^^)
このほか、鉢崎関所の跡地もありました。



分岐点


ここを左に行くと海水浴場。右がどうやら「うねうね道」のようです。(^^


くまー


うねうねとのぼっていくと、
なぜだかくまの木彫りがお出迎え。(^^;;
この先の墓地をさらに上っていきますと、見晴らしの良いところにでてきました。




どうやら目的地に到着したようです。
駅から見た、モノリスのような物体は、やはりこれだったみたいです。




ここだけ見ていると、
なんだか北緯50度線上にいるような錯覚を覚える・・・
そう本当に国境にいるような気がしてくるので不思議です。




-カラフトは離島なり
大日本国 国境と見きわめたり-

碑の説明文によると、昭和47年11月3日にこの碑が建立され、
平成16年6月19日、道路事情により東200メートルの地点に移設、
平成19年7月16日の新潟県中越沖地震で地面ごと崩れて埋まってしまって
平成21年10月18日、掘り起こしてこの地に再建されたようです。

うーん。なんだか落ち着かないなあ(´`;
これも松田伝十郎先生が、何かを伝えたいに違いない。



碑の裏側


この近くに生誕の地の碑もあったはずですが、それはどこにいったのか・・・
元の場所なのかもしれませんが、ちょっと探索するには体力の限界が。(x.x)





ここから見渡す日本海は、まるで大泊の楠渓町のようです(・・!
松田先生は今でもこの海岸から日本海を見続けていることでしょう。

樺太を思いながら・・・