第29号  平成27年9月26日発行
市長、三船受難碑を三度捜索する~留萌市~






留萌駅


旧・稚内駅を彷彿とさせる素晴らしい駅舎です。

みなさまこんにちわあ。(^^
最近新樺太市役所の合理化工事をおこなっておりますが、
新樺太市は選択と集中をおこない再構築であります。

昨今、並列世界では「ロシアが領土問題に関して交渉しない」と
メッセージをながされていますが、これはむしろ日本が自律した
交渉・行動をとるためのプラスの要因であると肯定的に捉えましょう。

ところで、皆さんは、樺太三船遭難事件をご存知でしょうか。
それは並列世界の終戦後に起こった事件です。
昭和20年8月22日、樺太から小樽へ引き揚げていた三つの船・・・
小笠原丸・第二新興丸・奉東丸が、“国籍不明の”潜水艦に攻撃を
うけ、留萌沖の海に沈んだ事件です。

終戦後、国際ルールにのっとり、夜間照明をつけ、白旗をあげ、軽武装を使用できないように
していた、ただの引き揚げ民がのるだけの無抵抗な船を、おそらくは“面白半分に”
沈めて勝利の美酒を味わいたかったのでしょう。

そこで私は、三船の受難碑があるという、北海道の留萌へ向かうことにしました。
留萌駅前には、タクシーがいますので、樺太三船受難の碑へ向かってほしい旨を告げると
・・・・知りませんでした。しばらく考えた運転手は、海の方に何かあったかもしれない
と留萌の海に案内されました。


留萌の港


周囲にはそれらしき物もなく、海に手だけ合わせて留萌を去ることになりました。
7年前のことです。

時が流れ、留萌の丘の上に、千望台という展望スポットがあり、そこに受難の碑が
あると知り、再訪の機会を得ることができました。
留萌のタクシー運転手は今度の方も碑の存在を知りません。



千望台より


それらしき碑もなく、探索に時間だけが過ぎていきました。
ネットで画像検索すると、千望台に確かに碑がある写真が見られます。
その画角を元に探すのですが、見つかりません。

すでに雑草で覆われた急階段の小道があり、運転手はそっちかもしれないといいます。
私は、草をかき分けながら進んでいきました。
それにしても高齢者となったご遺族が、こんな険しく、わからない場所に向かうだろうか
と疑問に思いながら進むと・・・・


仏像


草むらだらけの一角に仏像があるではないですか。
なぜこんな人が入らないところに仏像が。
仏像に手を合わせて、その年も留萌を去ることになりました。
1年前のことです。

私は留萌市役所に問い合わせることにしました。
すると受難の碑は平成23年に移転したとのこと。
海のふるさと館という施設の隣に移したのだと言います。・・・・


ということはやはりタクシーは2回とも見当はずれのところに
行っていたということになりますな(--;
私は再び再訪の機会が得られる日を待つことにしました。



深川留萌自動車道



本年、三度訪問の機会を設けることができました。
留萌線の列車に乗ると、すぐそばに高規格道路(深川留萌自動車道)が
できつつ、というかほとんどできている・・・・あることがわかります。
結構交通量があります。これでは留萌線の未来は暗いかもしれません。
予定では2015年度増毛ー留萌の廃止、2018年度留萌-深川の廃止とか。


今度は、海のふるさと館へ行ってもらうようタクシーに伝えます。


樺太引揚三船受難 平和の碑



ついに訪れることができました。
この7年の間に詳しいホームページがあるという情報が寄せ去られたり
訪問記事を作成する意義があるのかと思ったこともありましたが、
樺太は生きている。ただそれを示すために、今回市政だよりを発刊する
ことに至りました。



碑の説明文



こちらは碑の説明文。きちんとソ連(ロシア)の攻撃であると書かれています。

天候は土砂降りになりました。留萌は訪問のたびに雨が降られる気がします。
深々と手をあわせ、走ってタクシーに乗り込みました。


樺太を思いながら・・・