とんない
富内村 
豊原支庁

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平成17年人口13,125
平成17年露占時予測不明
昭和16年人口2,773
昭和3年人口3,892
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美しい湖に広がる観光都市、富内。富内湖は日本第3位の大きさ

富内の街

昭和3年の戸数は約700。
アイヌ名のトンチャナイ(トンナイチャ)からとられた地名と思われる。
栄浜以南のオホーツク海側は交通の便が悪く、 町らしい町といえばこの富内しかない。

交通は、船便をのぞくと、大泊からの52キロの 国道が通じており、また昭和11年には樺太拓殖鉄道が開通 している。しかし昭和13年に自動車で豊原へ直行できるようになると 早くも鉄道は不振に・・・

富内市街

富内近郊は結氷観光が好評だが、 近年は温暖化の影響で結氷がくずれ 沖に観光客が流される事故が毎年のように 報じられている。

富内橋

写真右上にあるのが富内橋。美しい街ですね。(^^
もともとは南富内しかなかったが、 大正中頃に急発展し、北側に新市街ができた。
漁業は意外と小さく、産業は林業が主。

    オホーツク海と富内湖にはさまれた細い陸地に街がつくられた。
富内湖が海に接する部分をはさんで
北富内・南富内と分かれている。
これを結ぶのは富内橋。

富内湖

富内湖は日本第3位の大きさを誇る。 水郷として有名で遊覧船が周遊し、夏季には主に大泊や豊原からの観光客でにぎわう。 湖の深度は最大で34m
江戸時代、池辺賛湖とここ富内湖に松前藩は運河を 築く計画を立てていた。 やがてそれは実業家 松川氏により起工された。 その距離は4キロあり、1.76キロ掘りすすんだ時、 日露で千島樺太が交換されたため頓挫した。